酔いどれ大国
一昨日の月曜、1月13日、我が国産ウイスキーの大手サントリー社が、ケンタッキー州クラーモント(Clermont)に本拠があるビーム社(Beam, Inc.)を約1兆4,200億円で買収すると発表した。これは醸造会社の買収では史上最高額の取引きである。これでサントリー社は、世界で第3位の大醸造企業にのし上がることになる。
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ケンタッキー州にあるビーム社の小売り店 |
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ジャック・ダニエル各種 |
過去においてもビーム社は、他の醸造企業から合併の目標にされてきた。競争相手では、ジャック・ダニエルズ(Jack Daniel’s)で知られるブラウン・フォーマン社(Brown-Forman)がビーム社と市場を争っていたが、同族会社の強味に固執する意味でも、合併とか買収には興味を示さなかった。
その筋では、イギリスのディアジオ社(Diageo)やフランスのペルノッド・リカルド社(Pernod Ricard)が、買収によって企業の拡大成長を考慮していたようだが、実行には消極的だった。
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サントリーの洋酒各種 |
業界では既に独走態勢にあったサントリー社は、この買収が完了した暁には、銘柄バーボン、ジム・ビームのみならず、高級酒ベィカーズ(Baker’s)やノブ・クリーク(Knob Creek)商標のバーボン酒、ラフローグ(Laphroaig)やティーチャーズ(Teacher’s)商標のスコッチ酒、そしてクーヴォイジエ(Courvoisier)のコニャックなどが加わり、高級洋酒の全てが取り揃うることになる。
以上がサントリー社のビーム社買収のあらましだが、ここで幾つかの疑問が生じる。
すわ、日本企業のアメリカ侵略?
アメリカは目下、失業問題で悩んでいる。オバマが初めて大統領に就任した2009年には最悪9%前後の失業率を記録していた。あれから5年、どうやら回復の兆しが見えてきたが、まだ7%前後の人々が仕事を探し求めている。主な原因は、大小企業が生産を、中国、インドを始めとして賃金の安い外国の労働力を利用しているためである。
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ジム・ビーム |
全国ネットワークのABCテレビ局では、『メイド・イン・アメリカ』を謳ったキャンペーンを流し、国内労働力による雇用促進を呼びかけている。サントリー社によるビーム社買収のニュースが発表されたその日、このキャンペーンが先ず反応したのは、ビーム社の従業員が失業するのではないか、という憂慮だった。だが同社の業務は従来通りに推進され、ジム・ビームは依然として『メイド・イン・アメリカ』であることが判り、胸をなで下ろした、という一幕があった。
ビーム社の創業は1795年に遡る。スコッチ、ウイスキーと似たような酒だが、原料にトウモロコシを使っているという違いから、バーボンと名付けられた。1920年代前後の禁酒時代を経てバーボンは『アメリカ製品』として誇る酒となった。買収されても引き続き『アメリカ製品』であることで胸をなで下ろしたまではよかったが、ビーム社が最早アメリカの企業ではなく、日本の企業になってしまうことに、アメリカ人の心の中で『違和感』が生じていることは間違いない。
巨大企業、野望の限界
サントリー社だけに限らない。過去何十年という間、あらゆる業界が吸収、合併、買収を繰り返し、中企業は大企業に、大企業は巨大企業に膨れ上がり、小企業は吸収されるか、消滅していった。自動車産業しかり、金融業界しかり、その他全ての業界は、弱肉強食が習いとなった。経営陣は利潤追求が第一の急務であると心得、株式のダウ平均は世間の不況をよそに記録を更新し続けている。企業が利潤を上げると、巨額の報酬が経営陣の功績として給付され、株主もその分け前を享受することになる。この傾向は停まることを知らず、彼らの欲望の限界は全く計り知れない。
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1920年、酒樽のウイスキーを捨てさせる官憲 |
サントリー社の場合はどうなのだろう。サントリー社は、日本で功なり名を遂げ、確固とした基盤を樹立した大企業である。同社がアメリカの誇る企業を買収しなければならない理由はあったのだろうか。あるとすれば、あらゆる銘柄を取り揃える、という名分であろうが、あまり説得力はない。
毎日新聞の『余録』子は、「、、、聞けば米国では近年バーボンなどの人気が若者らの間で復活、蒸留酒の売り上げは10年前より6割以上増えたという。また中国など新興国でのブランド蒸留酒の需要が高まり、輸出も右肩上がりが続いている。つまり今、世界の市場では蒸留酒が売れ筋なのだそうな▲巨額買収費用もこの流れに乗って一挙に酒類世界大手の地位を固めるには高くないというわけか。世界を舞台にした堂々たる『サンシャイン』に期待しよう」と楽観的かつ希望的な観測で結んでいたが、いささか気になる。
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「酒が不幸を生む」という風刺マンガ |
あえて『禁酒』を叫ぶつもりは毛頭ないが、酒の弊害は無視できない。健康上の弊害、飲酒による家族内の不和、酔っぱらい運転による人身事故、妄想を起こす精神上の弊害、などなど、数え上げたらキリがない。「酒は百薬の長」と言ったのは酒呑みがでっち上げた『言い訳』だとしか思えない。酒がなくとも人生を愉しむことができるのだから。
アメリカの食品医薬品局(Food and Drugs Administration: FDA)は、1970年代あたりから酒、タバコのテレビ広告を全面的に禁止した。官庁、公共の乗り物、レストランなどでの禁煙はかなり徹底したが、禁酒は前例の失敗を繰り返さぬべく法制化されていない。
だが、アメリカでの禁酒運動の歴史は長い。1826年に牧師ライマン・ビーチャー(Rev. Lyman Beecher)が「飲酒は悪魔」と説教したのに始まり、1851年にはメイン州で禁酒法が一時期だが制定され、婦人団体の反対運動などを経て、1919年10月28日全国的に禁酒法が設定されたが、それから14年後、1933年12月5日をもって解禁になってしまった。
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禁酒法時代、地下で飲酒を楽しむ人々:解禁の日 |
皮肉なことに禁酒法時代、人々は禁酒するどころか、官憲の目を逃れ、地下に潜って華々しく飲酒を謳歌していたのである。更に不都合だったのは、この違法行為がギャング達の莫大な収入源になっていたことだ。要するに飲酒の習慣を法律で禁止することはできなかったのである。
レストラン経営で、最も利潤が大きいのが『飲み物』の提供である。これはチップの多寡で収入が左右されるウエーターやウエイトレス達の懐にも反映してくる。彼らが『飲み物』を勧めるゆえんである。コップの水を注文しても差し支えないし、それが無料であることもご承知おきいただきたい。
願わくば、サントリー社の野望が全人類をアルコール中毒にする意図から発したものではないことを実証して頂きたい。
編集: 高橋 経
「飲酒は少量ならかえって健康によい」という説がある。「酒は百薬の長」と同じ考え方だ。しかし、少量で済まないのが酒の習慣性である。習慣性にならない、という自信があったら、どうぞお吞みください。
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