2014年6月15日日曜日

幻のコルヴェット

2週間ほど前に、フォードの1967年型、ファルコン(Ford Falcon)を例に、消耗品としての自動車の末路を語った。何事でもそうだが、例外がある。ブガッティ(Bugatti)とかパッカード(Packard)など、往年の名車を大切に手入れし保存している自動車博物館が数々、全国に存在し観客の郷愁を誘っている。
1967年型ファルコン

今回は、異色の骨董車、シボレーの1967年型、コルヴェット・クーペ(Chevrolet Corvette Coupe)についてロジャー・ダウニング(Roger Downing)から情報を頂いたのでお伝えする。この話は、車そのものもさることながら、持ち主の人生に焦点を当てていることを予めご承知願いたい。

コロラド州、コロラド・スプリングス(colorado Springs)に住むドン・マクナマラ(Don McNamara: 当時30歳)は、1966年の秋、アメリカ海兵隊から除隊した祝賀としてラス・ヴェガスへ出かけた。彼が同地を訪問したのはこれが最初で最後だった。何と幸運の女神がマクナマラに微笑んだのであろうか、スロット・マシーンで5千ドルという大金を射止めた。独身のマクナマラは、そのまま両親の家へ帰り、車のセールスマンをしていた父親にコルヴェットの新車を購入してくれと頼み、不労所得の全額を預けた。

残念ながら、ドンが望んだ仕様のコルヴェットは、予算の5千ドルを500ドル超過してしまった。ドンは諦め切れず、父親も息子の望みを叶えるべく250キロ圏内のディーラーを訪ねて走り回り、遂にコルヴェット427(馬力)クーペを予算の5千ドルで合意し特別注文した。同車が配達されたのが、1967年5月20日であった。(ディーラー名、仕様の詳細は省略)

望みが叶ったドンだったが、夢のコルヴェットを運転したのは最初の数ヶ月間に数えるほどでしかなかった。そして誰もそのコルヴェットを見かけなくなった。奇妙に思った友人の一人が、「君のコルヴェットはどうしたんだい?」と尋ねても、ドンは、「手放した」と答えるだけだった。それでも『幻のコルヴェット』は、何年もの間、ドンの暖房付きガレージに安置されているという噂がささやき交わされていた。

ドン・マクナマラは独身のまま、2011年7月に75歳で他界した。彼は、老年期に親しくなった隣人に全不動産を譲渡するという遺書を残していた。かくしてその隣人の手によって45年間も「行方不明」だった『幻のコルヴェット』が明るみに出た。それと同時に、謎に包まれていたドン・マクナマラの奇人のような人柄も明らかにされた。
メーターは、02996マイルを示す

ドンは独身を通していたので、(亡くなった両親を除き)身内はなく、銀行預金はせず、従って小切手帳はなく、クレジットカードも持たなかった。コルヴェットの鑑札を取得し、保険に加入した後、運転は夜間に限り、遠出はしなかった。1980年代の半ば、走行距離メーターが4,800キロ(3,000 miles)近くになった時、コルヴェットをガレージに入れ、それ以後一生死ぬまで運転しなかった。

ドン・マクナマラの死後一年、2012年にコルヴェットが明るみに出された時、22年間も付き合っていた隣人は初めてドンコルヴェットを目の当たりにした。車にはカバーがかけられ、その上から梱包用のブランケットで被い、更に星条旗と海兵隊旗が被されていた。車は文字通り無疵、新車同然の状態だった。それでもドンが自分で加えたのであろう、エンジン部には アルミのヴァルヴ・カバーが、エア・クリーナーの上にはコルヴェットのシンボルが4個も取り付けられていた。


ドン・マクナマラコルヴェットは、2012年、彼の不動産処理に当たったマーク・ディヴィス博士(Dr. Mark Davis)が買い取った。車は同年6月、カバーを外され、ブルーミングトン・ゴールド・グレイト・ホール(The Bloomington Gold Great Hall)の入口正面に展示された。 この除幕式まで、その車を目撃した人はたったの12人、運転したのはドンだけ、誰も客席に座ったことがなく、雨に打たれたこともなく、洗車したこともなかった。

 この『幻のコルヴェット』ご開帳のニュースは、たちまち愛好家たちの間で話題となった。コルヴェット通で知られるジョン・レティック(John Rettick)を始めとし、大勢の愛好家たちが同車の詳細を記録し、その写真は4千点を超えた。こうした資料は一部公開され、コルヴェット愛好家たちが自車の手入れをするために貴重な参考となった。


幻のコルヴェット』は、自動車は消耗品であるという自動車産業の通念に、ドン・マクナマラが無言で遺した抵抗だったのであろう。

1 件のコメント:

  1. シボレーのコルヴェットは、米車で唯一のスポーツカーである。欲しいと思ったことはないが、一度運転してみて、パフォーマンスの醍醐味を堪能した。特に省エネ時代、実用的でないことは言うまでもない。

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