2013年10月22日火曜日

渡り鳥よ、来春また会おう


志知 均(しち ひとし)
2013年10月

「さ夜中は深けぬらし雁が音の聞こゆる空に月渡り見ゆ」(柿本人麻呂)
「さざ波のごとくに雁の遠くなる」(阿部みどり女)
 「渡り鳥仰ぎ仰いでよろめきぬ」(松本たかし)



ミシガンのカナダ雁(Canadian Geese)は9月下旬ごろから南へ出発するようだ。西風の強い日の午後などに大きな群れで啼き交わしながら羽ばたいて行くのが見られる。

それで思い出すのが1996年のアメリカ映画『Fly Away Home』。筋書を簡単に書くと、離婚して娘のエミーを連れてニュージーランドへ帰った女性(母親)が交通事故で死亡する。エミーは父親に引き取られカナダのオンタリオに住むが孤独の殻に閉じこもってしまう。ある日荒地に置き去りにされた雁の卵を多数見つけたエミーは卵を持ち帰り、孵化(ふか)させ育てる(左と下の写真)。ひなが若鳥に成長したある日、父親が、鳥の南方への飛翔を助けるため自家製の軽飛行機で鳥たちと一緒に飛ぶことを提案する。そして、10月にオンタリオを出発しメリーランド州の避寒地へ鳥たちを無事誘導する。


映画では見せないが、雁たちは誘導されて記憶した経路を逆行して春にはオンタリオへ自力で帰ることが期待されている。時には数千キロメートルも離れた南の避寒地と北の繁殖地との間を渡り鳥はどうやって迷わず飛翔するのだろうか?


鶴(ツル:North American Whooping Crane)の渡りを8年間詳しく観察した研究者によれば、渡りはグループの年輩の鳥に引率され、若い鳥は経路や飛翔に必要なことを年輩の鳥から学んでいくそうだ。経路の記憶が遺伝で伝わるわけではない。しかし飛翔経路にある山や河や湖などの目印を記憶するだけでは迷わずに飛翔するのは難しい。太陽の位置を知るのは助けにはなるが、雨天、曇天の日や日没後の飛翔には役に立たない。どうやって飛ぶ方向を決めるのだろうか?


その秘密は鳥(及びその他の動物)がもっている地磁気を感ずる感覚にあると考えられている。現在、長旅をする20~30種の動物(渡り鳥)、海亀、イセエビ, 蝶(ちょう:Monarch Butterfly)などで『磁気受容体』の存在が知られている。それは一体どういうものなのだろうか?

生物の磁気感受性は、1970年代に海底に住むバクテリアで初めて発見された。このバクテリアは鉄を含む微粒子が直鎖状になった構造(微小な棒磁石のようなもの)を細胞内にもっており、それで地球磁場を感知して暗い海底でも望む方向へ動いていく。最近、鉄粒子を含む同じような構造が(ハト)その他の鳥の聴覚細胞や虹鱒(ニジマス)の鼻の細胞にも認められている。これとは別に、2000年頃から眼の網膜に存在する色素蛋白が磁気感覚に関係することがわかってきた。この色素蛋白(クリプトクローム、cryptochromeと呼ばれる)は、視覚に関係するビタミンA蛋白とは別のもので、フラビンを含みその作用に短波長の光(blue light)を必要とする。

そのはたらきについては電子の磁性に基づく仮説が出されている。簡単に説明すると、原子核の軌道にある2個の電子は基底状態ではお互いの磁性を相殺しあっているが、フラビン分子が吸収する光エネルギーで励起されると電子間の相殺がなくなり磁性が顕われる。その磁性が地磁気の影響を受ければ磁気受容のシグナルになりうる。そのシグナルがどのようなメカニズムで神経束を介して大脳へ送られるかはまだ判っていない。クリプトクロームは数種の渡り鳥やその他の動物の眼の網膜で確認されている。ここで地磁気についてひとこと述べると、地球の磁場は地球の回転軸とほぼ平行の巨大な棒磁石である。磁気の赤道は地理の赤道にだいたい平行している。地球表面の磁場の強さは地磁気の両極(地図の北極、南極近く)で最も強く赤道で最も弱い。そのため地磁力の方向(ベクトル)と地球表面との角度は赤道で0°、両極でプラス(マイナス)90°となる。即ち緯度によって異なる。渡りをする動物はクリプトクロームや鉄粒子連鎖の『生体コンパス』を使って南北方向だけでなく、磁力の強さと地表面との傾きの角度から緯度を知るのであろう。



典型的な天敵、ワシ
毎年長旅の渡りをするのは鳥だけでなく, 哺乳類(クジラなど)、(サケなど)、(チョウやトンボ)など多種類の生物にみられる。何のために長旅をするのか?気温がよく食べ物が豊富な環境を求めるためとか、繁殖期に天敵に襲われるのを避けるとかの理由が考えられる。しかし季節ごとの長距離移動には、いろいろ危険もともなう。例えば、渡り鳥は大量のエネルギーを飛翔に使うので免疫活性が低下し疲れると病原体にやられやすい。


鳴鳥(songbirds)West Nile virusに、水鳥(waterfowls)鳥Flu virusに感染し易いことが知られている。数種の渡り鳥が羽根を休める休息地としてよく知られるデラウエア湾(Delaware Bay)では150万羽以上(1平方メートルあたり200羽!)の鳥が集まるといわれ、Flu virusにかかる鳥がほかの場所より17倍も多いという。また渡っていく経路や目的地で土地業者による開発や、自然災害による環境破壊が進んでいる土地では、渡り鳥の生存が危うくなる。それを防ぐためにも自然環境の保護は大切である。

この秋に見送る渡り鳥が来春無事帰ってくるのを心待ちにしている。

(写真は、劇映画『Fly Away Home』とドキュメンタリー映画『Earth Flight』から抽出しました)

2 件のコメント:

  1. 最近、PBSから渡り鳥のドキュメンタリーを6篇、6時間の大作が放映されました。高度な撮影技術を駆使し、前代未聞の鳥の生態を目の当たりに再現させまし。機会があったら一見をお薦めいたします。動物映画の最高傑作、最大の賛辞を惜しみません。

    返信削除
  2. 毎回素晴らしい記事を楽しみに読ませていただいています。特に志知先生の記事には驚かさせられることばかりで今回もとても楽しませてもらいました。ミシガンでよく見たカナヂアンギースは東京では見れませんが渡り鳥を見る目が変わりました。

    返信削除